4〜6番の歌にコメントお願いします。
4 義のもとに殺す者あり死ぬ者ありただ声もなく雪の深夜を
5 義務じゃなく芸の稽古は自発的意志でやるべし!君の為です
6 血縁の無きつながりを義父と呼び義母と慕ひつ身罷るまでは
2025年12月18日
4〜6番
posted by かりんネット歌会 at 22:12| Comment(6)
| 詠草
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うっかりと騙された! 第4句までの自発意志を第一義とする主張が、結句「君の為です」によって、一首全体が【義務的】に強いる圧となっている、とも読める。矛盾をアイロニカルについた歌とすれば大成功。
先日、娘から、小学生の孫がピアノ止めたいと言うから止めさせる!と訴えてきた。本人と「少しお休みしようね」と肯定的におしゃべりした翌週、やっぱり続ける、そしてなぜか感謝までしてくれた。子どもと孫とでは、向き合う側の余裕が違うものだとつくづく思う。
『忠臣蔵』を詠んだ歌と解した。雪の降り積もる吉良上野介の邸宅を目指す赤穂四十七士。話は逸れるが、12月といえば必ずテレビで『忠臣蔵』が放映されていたが、今では『イクサガミ』のようなハリウッド並みのハードアクション時代劇が重宝されているようだ。たまには様式美を追求した時代劇を見たいものだ。
これは女性の気持ちにならないとわからない一首ですが、きっと作者自身と血の繋がる、お子さんの誕生という強き絆が生まれたことの幸せを見つめてられた一首かと思いました。
血縁ではないけれど結婚することによって、相手の親を義父、義母と呼ぶ。改めて言葉にすると不思議な気もして、その「義」にこめられた関係性を詠んだ作品ととりました。血縁がないからこそ「身罷るまでは」という条件が発生するのはなかなかシビアです。
細かなことを言えば、「義父」「義母」と呼ばれるのは「つながり」そのものでなく、その先にいる他者なのではないかと思ってしまいました。
増子さんと同じく、忠臣蔵の歌だと思いました。「ただ声もなく」が、確実に仇討ちをやり遂げなければならない忠臣蔵らしい。スカッとするタイプの時代劇とまた違って、忠義について重く感じさせる話で好きだったのを思い出しました。
私も忠臣蔵を思い浮かべました。「雪」なので北方のウクライナ・ロシアのこととも取れますが、下の句の、音のほとんどない光景が、日本の時代劇の気配を雄弁に伝えていると思います。
5 義務じゃなく芸の稽古は自発的意志でやるべし!君の為です
義務でやらされているのでは意味がない!という当人の反発かと思いきや、結句で主語が入れ替わってしまい、ええっとなりました。
世襲制の伝統芸能だとこういうジレンマが付き物なのでしょうね。
どうせやらねばならぬのなら、腹を括ってやる方が人生を無駄にしないし後悔がない、というアドバイスにも見えます。
6 血縁の無きつながりを義父と呼び義母と慕ひつ身罷るまでは
結句で、ぎょっとさせられました。
「身罷」った後は慕うことができなくなる、というのは、同じ墓に入れない等の断絶が生じてしまうということでしょうか。
最初は女性の視点かと思いましたが、ここまで死後の関係を希薄に感じてしまうのなら、むしろ男性の視点だろうか、とも思ってしまいました。