7〜9番の歌にコメントお願いします。
7 古希過ぎてこの世の義理を果たすのはおろかに無駄と週刊誌の言ふ
8 苔玉を水にひたして二度寝するものぐさ主義です真昼のをんな
9 寂しさを埋めていたのかスケッチブックに義母の遺しし花の絵やさし
2025年12月18日
7〜9番
posted by かりんネット歌会 at 22:11| Comment(11)
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三句の五音を八音にする破調が韻律を乱しているように感じた。語順の工夫によって、すっと読める佳歌になったのでは、と思う。おそらく独居の義母が遺したスケッチブックに描かれていた花の絵。その人柄がしのばれるような、やさしい絵だった、という「発見」に打たれ
上の句の素材選びがなかなか風流で粋。
徒な女のしどけない午睡姿が目に浮かぶ。
優しいお母様であられたのですね。
実は私も桜の画を描けば桜の葉をスケッチブックに挟み、うたが浮かべば隅に鉛筆で書くのです。
人は誰も寂しいからこそ、うたを詠い、絵を描くのかもしれません。
「この世の義理」とは、具体的にどんなことでしょうか?様々なことが当てはまるのでしょうが、それを行うのが古希を過ぎてからでは「おろかに無駄」だと「週刊誌」に書かれている。けれども、そうは思わないという、作者の反発を読みました。「週刊誌」という媒体が持つ、曖昧で刹那的な要素が一首を支えていると思います。
「ものぐさ主義」と宣言しながら、律儀に苔玉の世話をしているのが面白いと思いました。また、若槻さんの評に共感しました。しっとりと水を含んだ苔玉から、和服姿の艷やかな女性を連想しました。
義理が生きる糧になっている人もいるでしょうし、そもそもおろかに無駄かどうかは他人に決めてもらうことではないので、この姿勢に共感できました。
全体にふんわりと柔らかく、こんな女性すきだなあと思わせられた魅力的な歌。「苔玉を水にひた」すという表現が新鮮で、リアリティがある。手作業の細やかさ、しなやかな指などが見えるようだ。誰でも思いつく、例えば「薔薇の水を替えて」だったら噓っぽくてつまらないが、「苔玉を水にひた」すは、この作者が日常から行っているような手触り感がある。
まぁ、週刊誌の言うことはそれはそれ、自分は自分、なしっかりしたクールな感じが面白いと思いました。
週刊誌の説は、残り少ない人生なのだからしがらみにとらわれずに悠々と生きなさいという意味でしょうか。
年賀状じまいが流行っているといいますが、そうした解放感への憧れと、やはりそのしがらみの中に身を置いていたいという心の揺れを感じました。
8 苔玉を水にひたして二度寝するものぐさ主義です真昼のをんな
切り花や鉢植えではなく、世話の簡単な苔玉だから「ものぐさ主義」。
言葉だけみれば自虐的にも見えますが、休日は二度寝し、だらりと気ままに過ごす気配が伝わってきて、心地よい歌だと思いました。
9 寂しさを埋めていたのかスケッチブックに義母の遺しし花の絵やさし
見せるあてもなく描かれたことが想像できて、より切なくなりました。
死後に思いがけず発見した時の心情がありありと立ち上がってきます。「やさし」というひらがなも効いています。