16〜18番の歌にコメントお願いします。
16 たれもみな義士となるかなかんばせを伏せて師走の始発に黙す
17 どの国も聖戦といふ戦争に正義などなくもとむ懺悔者
18 治定には疑義があるのに安閑と某宮内庁のイワシのあたま
2025年12月18日
16〜18番
posted by かりんネット歌会 at 22:09| Comment(7)
| 詠草
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始発の電車を並んで待つ冬の朝のホームでしょうか?みな一様にうつむき、マフラーに顎から首を埋めて無言で立っている。この12月の日常風景に、作者は討ち入りに臨む赤穂義士の幻を見たのかもしれません。
張り詰めた空気の冷たさは、どこかに刷り込まれた「年末と忠臣蔵」という日本人の感性を呼び覚ますようです。
社会の矛盾に立ち向かう義士に誰もがなりうる師走なのだろうか。ひとりひとりが強い意志をもって「良い向きへ変わること」を望む義士となれば!
抽象的ですが、個人的解釈で恐縮。
今年も終わろうとしています。
討ち入り前の義士のように、これから大仕事に向かう人々の様子、と最初思ったのですが、よく読むと「始発」。
ひょってして、討ち入り後に泉岳寺に向かう義士のように、夜明け前、大仕事(または大宴会)を終えた人々の様子なのかな、とも思いました。
その心に去来するものはなんでしょう。
自分の行く末への覚悟、恐れ、後悔、晴れがましさ等々…
戦争をする国は何らかの大義を掲げるものです。この歌では「聖戦」というように(「聖戦」には宗教的な意味合いが多分に含まれるので少し扱いに気をつかいますが…)。一首全体で伝えたいことは十分にわかるのですが、やや一般的な物言いになってしまっている気がします。例えば「もとむ懺悔者」の代わりに、作者なりの思いや具体的な事物を入れてはいかがでしょうか。
通勤ラッシュの時間帯ではなく始発、それも師走となると、独特の沈黙や張り詰めた空気感があるのでしょう。
年の瀬に始発に乗らねばらぬ訳がある勤め人、学生の気配を「義士となる」とたとえたのがとても良いです。
「師走の始発」の頭韻も心地よいです。
17 どの国も聖戦といふ戦争に正義などなくもとむ懺悔者
「懺悔者」を「もとむ」のは作中主人公でしょうか? ちょっと読み惑いました。
おこがましいかもしれませんが、よその戦争を「正義などなく」とあっさり断じてしまうこともまた、一面的な捉え方では、と思ってしまいました。
他国の戦争や紛争のニュースが途絶えませんが、もし私がその渦中に生まれ育っていたなら、やはりその地の思想に染まってしまっていたかもしれないと思うので。
18 治定には疑義があるのに安閑と某宮内庁のイワシのあたま
「鰯の頭」ではなく「イワシのあたま」としているのが効いてます。「某宮内庁」も全然伏せられていないし、作者はそんなつもりはないのでしょうが、愉快に感じてしまいました。
ストレートに憤懣を出しつつユーモアもある、良い歌です。