2024年01月18日

22〜24番の歌

22〜24番の歌にコメントお願いします。

22 一人前のさびしい雑煮を作る朝 ひとりで出来る仕合わせを知る 
23 亡き人のこころに酒を雑煮を供えればこの世の庭に朱色の花咲く 
24 幾たびもはるかぜを浴び雪に重りカルボナーラのやうなる恋よ 
posted by かりんネット歌会 at 00:00| Comment(7) | 詠草
この記事へのコメント
22 一人前のさびしい雑煮を作る朝 ひとりで出来る仕合わせを知る 

下の句の充足感がいいですね。「一人前」があるので「さびしい」は要らないかもしれません。初めての単身赴任なのか、家族の入院なのか、何か状況がもう少しわかると、読者の共感もぐんと増すと思います。

23 亡き人のこころに酒を雑煮を供えればこの世の庭に朱色の花咲く

「亡き人」のお仏壇にお酒やお雑煮を供えた場面と読みました。亡き人にそれらが届くかどうかは分からないけれど、お供えすることによって「この世の庭」つまり、「この世に生きる自分の心」には、ぽっと灯りがともるように「朱色の花が咲く」のだ、と解釈しました。大幅な字余りですが、作者の思いがあふれていることが伝わってきます。 

24 幾たびもはるかぜを浴び雪に重りカルボナーラのやうなる恋よ 

勢いがあるので、「カルボナーラのやう」という比喩がよくわからないながらも何となく納得させられてしまいました。
「はるかぜ」や「雪」は春や冬の代名詞であり、そうした季節を二人がいくつも重ねてきたことを表しているのでしょう。と同時に白っぽい軽やかなイメージが「クリーム」や「チーズ」を連想させなくもないので、カルボナーラのに結びついたのかもしれません。
「雪に重り」は、よくわかりませんでした。
Posted by 松村由利子 at 2024年01月20日 14:17
22 一人前のさびしい雑煮を作る朝 ひとりで出来る仕合わせを知る

前評者が指摘されているように、「ひとり」の背景がわかるとより心に響くと思いますが、それがわからなくても、いろいろ想像し、「さびしい雑煮」という状況に、「ひとりで出来る仕合わせを知る」という着地があることで、静かな安堵を感じます。
Posted by 中野富美子 at 2024年01月20日 22:12
23 亡き人のこころに酒を雑煮を供えればこの世の庭に朱色の花咲く

お仏壇の遺影、位牌の前にご供物をお供えして、蝋燭の火を灯し、お線香を点ければ、あたたかい朱の花が咲く、そんな情景が浮かびました。
すべての命とともに暮らしているのです、私達は。
Posted by 蚫谷定幸 at 2024年01月21日 22:39
22 一人前のさびしい雑煮を作る朝 ひとりで出来る仕合わせを知る 
男性の方でしょうか。これまでは奥様が作られた雑煮をひとりとなった今年はひとりで作った。私もそうなのですが、簡単な料理でも一人で作れると嬉しくなるもので、作者の気持ちが良く分かります。
ひとりで出来るなど散文的になってしまっているので全体的にも推敲できるかと思います。
Posted by コ力聖也 at 2024年01月23日 11:06
23 亡き人のこころに酒を雑煮を供えればこの世の庭に朱色の花咲く 
仏壇にお供えする物は、亡きひとのこころに供えるという捉え方がとても良いと思いました。雑煮だけではなく酒を雑煮をしたところに新年らしさが表れているのではないかと読みました。
結句の朱色の花も、此岸と彼岸が花によって結ばれており、亡き人が喜んでいるように感じます。
Posted by コ力聖也 at 2024年01月23日 11:34
22,一人前のさびしい雑煮を作る朝ひとりで出来る仕合せを知る
 ひとりだけで迎える初めての正月なのでしょうか。寂しい気持ちを紛らわせるために雑煮を作ったものが、出来上がりを味わってみるとほんわりと正月の気分が立ち上がりそれなりのしあわせを感じているような、そんなシーンを想像しました。ペーソス感のある一首です。
Posted by 山口コ誠 at 2024年01月29日 12:57
22 一人前のさびしい雑煮を作る朝 ひとりで出来る仕合わせを知る

雑煮というと、お正月に家族で食べますが、子供が巣立ち伴侶が健在でないとなれば、1人の場合もあります。ただ、まだ自分の生活はきちんと守れているという自覚を感じます。
Posted by 丘の紫陽花 at 2024年01月30日 10:44
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