2022年10月18日

16〜18番の歌

16〜18番の歌にコメントお願いします。

 16 果汁100%のような集まりに居てガバガバと天然水飲む

 17 水筒が空の子どもも溺死の子も天に召されて秋の風吹く

 18 仁徳てふ天皇の名を好みしも大仙陵と呼べとはさみし


posted by かりんネット歌会 at 23:05| Comment(7) | 詠草
この記事へのコメント
16 果汁100%のような集まりに居てガバガバと天然水飲む
果汁100%のような という
比喩に惹かれました。わたしは天然水ガバガバ派ですが、察しがつくようでつかないけれど、想像するだけで楽しくなります。
Posted by 梅原秀敏 at 2022年10月20日 08:29
17番 水筒が空の子どもも溺死の子も天に召されて秋風の吹く

今夏ニュースになった二人の子どもですね。「水筒が空の子ども」は園バスに取り残されて熱中症で亡くなった幼子、「溺死の子」はキックボードで遠くの河川敷へ行って川から遺体で見つかった子。ひとりは水を欲しながら、もう一人は水に苦しみながら逝ったことに気づきました。下の句の表現が美しく、こうして短歌で残すことに意味を感じ、お二人の供養にもなると思いました。
Posted by 吉村享子 at 2022年10月26日 09:38
18番 仁徳てふ天皇の名を好みしも大山陵と呼べとはさみし

私事で恐縮ですが、通った幼稚園の園歌が「仁徳陵にほど近い」で始まるほど近くで育った私にとって、大変共感した一首です。愛着のあるものの名前が変わるのは寂しいことです。寂しさだけを素直に詠んでいるところがいいなと思いました。
Posted by 吉村享子 at 2022年10月26日 09:51
18  仁徳てふ天皇の名を好みしも大仙陵と呼べとはさみし

 どうして仁徳という天皇の名前がお好きなのだろう。民の竈から煙が立たないのを見て3年間税を免除したという言い伝えのある天皇で、その善政が仁徳という諡(おくりな)に反映されているのだろう。ちなみに、大仙陵は大阪府堺市大仙町にあるので地名からそう呼ばれているのだが、それを作者はさみしいという。その点、少し説得力に欠ける気がする。
 ところで大仙陵は別名「百舌鳥耳原中陵(もずみみはらのなかのみささぎ)。全長840メートル、日本最大の前方後円墳で、2019年に周辺の古墳群とともに世界文化遺産に登録された。
 ここから先は私事で余談だが、吉村さんはお近くにお住まいだったそうだが、私は叔父がこの古墳の傍に住んでいた。住所は「百舌鳥夕雲町(もずせきうんちょう)」。この美しい地名のいわれについて、塚本邦雄氏(正字が出せなくてすみません)と何度か手紙のやり取りをしたことがある。
Posted by 鹿取未放 at 2022年10月26日 20:38
17番 痛ましい事故があったことを思い出しました。祈るしかできない我々の前に秋がきてすぐにまた季節が変わります。うまく言えないのですが、この歌の前でまた祈りたいと思います。
Posted by 服部明日檜 at 2022年10月28日 11:08
16 果汁100%のような集まりに居てガバガバと天然水飲む

仕事、趣味(歌会かっ?!)、義務か任意か、集りの背景は不明ながら主張や性格が何だかイロイロと濃い人々の中で、その熱に気圧されそうになりながら何とか潰れまいと、自分らしさを保とうと飲む…的な印象の手渡し方がおもしろいです。天然水が生理的食塩水のようです。
Posted by 若槻真美子 at 2022年10月28日 17:21
17 水筒が空の子どもも溺死の子も天に召されて秋の風吹く

一票入れさせてもらいました。
歌会というリアルタイムの催しゆえ、あの二つの事故のことだなとピンと来るのですが、時間が経ってから初めて読んだ場合、どの出来事のことかおそらく曖昧になってしまうのだろうと思いました。裏を返せばそれほど子どもの事故や事件が多いということでもありますが…。
それでも、この二つの事故を書き留めているところに作者の志を感じます。
「秋の風吹く」という締め方も秀逸です。悼み、嘆きを直接的に表さずに秋の風に託していて、説教臭くなく、すっと感情移入できました。
Posted by 遠音 at 2022年10月31日 00:16
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