2022年08月18日

7〜9番の歌

7〜9番の歌にコメントお願いします。

 7 外出を自粛の我が身に聞こえくるねぶた祭の囃子は遠い

 8 後の祭りの後始末のため黙々とはたらく影を通り過ぎたり

 9 語りうる者みなとおき葬祭の炉中にひらくあかき口あり


posted by かりんネット歌会 at 20:34| Comment(7) | 詠草
この記事へのコメント
 9 語りうる者みなとおき葬祭の炉中にひらくあかき口あり

これは、お歌の解釈を、私個人的には、今を楽しく語り合う友達も、誰もが、いずれは斎場の炉の中に入る身となるのだ、諸行無常なれども、今この瞬間を大切に友とともに生きたい!と解釈させていただきました。
Posted by 蚫谷定幸 at 2022年08月19日 00:20
8 後の祭りの後始末のため黙々とはたらく影を通り過ぎたり
誰かがしてしまったミスの後始末を黙々とやっている人たち。もしかしたら、自分の仕事は終わって帰ろうとしたときに見た光景かもしれない。「後」の字が続いたことが惜しいように思いました。
Posted by コ力聖也 at 2022年08月19日 16:43
9  語りうる者みなとおき葬祭の炉中にひらくあかき口あり

「語りうる者」を誰と捉えるか、それが疑問だ。「とほき葬祭」の遠さは@場所かA時間か迷う。語りうる、のは、@何かの真相なのだろうか、A語りあえる、という意味か。私はいずれも@と解釈したが…。あえて、だろうが、具体が少ないので、詮索はせず、歌の雰囲気を味わった。火葬の炉中にあかき口が開くのが不気味に悲しい。
Posted by 中村暢夫 at 2022年08月21日 07:59
7番 今年は三年ぶりにねぶた祭りが開催されました。作者はねぶた祭りの会場からそう遠くはないところ(青森県内もしくは近県)にお住まいの方かなと思いました。距離的には近くで行われているけれど、外出を自粛している作者は見には行かない。最後の「遠い」は心の距離と解釈しました。
Posted by 吉村享子 at 2022年08月24日 16:16
8番:ひとつの社会詠として読みました。
原発事故や感染症に環境破壊、その他さまざまな社会問題の後始末に黙々と従事している多くの人々。しかし自分はその影のような人々の横を通過するだけ。「はたらく影」がそのまま通過する人の心の影になっているようです。
ひらかなの「はたらく」がくっきりと、働く人々の姿を印象付けています。
Posted by 東 洋子 at 2022年08月26日 18:22
9番:「語りうる」は中村さんの@の解釈で読みました。
真相を語ることができた人達が、何も言わずに消えていく。これは戦争体験者が高齢化して亡くなっている現状とも解釈できます。
「とおき」はあの戦禍の日からの遠さでしょうか。また「炉中」は戦火を想起させ、あの日に若くして亡くなった人も、生き延びて寿命で亡くなった人も、本当は伝えたかった事、言い残したことがあったのでは。焼かれながら開く口で。
Posted by 東 洋子 at 2022年08月26日 18:37
9 語りうる者みなとおき葬祭の炉中にひらくあかき口あり

先のコメントにもありましたが「語りうる者」「とおき」が何なのか、読み手に考えさせる形の歌だと思いました。
決して明るい歌ではありませんが、夭折、事故死などの非業の死から醸し出される痛切さがこの歌には無いので、天寿を全うした方の葬式だと感じました。
亡くなった方の思い出を語れるはずの身内や仲間が既に逝ってしまっていて「みなとおき」なのか、コロナ禍でなかなか葬儀に集まれないため「みなとおき」という物理的距離なのか。
個人的には前者だと思いましたが、こちらのコメントで「何を」語りうるのかという疑問もあるのだと気付かされました。故人のことだと思いこんでいましたが、生前の秘密など様々に考えられ、ますます謎が深まる感じです。
ただ、この茫洋とした上の句と、「炉中」の色や温度をまざまざと想像させる下の句との対比は見事だと思います。一票入れさせてもらいました。
Posted by 遠音 at 2022年08月30日 23:05
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