2022年08月18日

10〜12番の歌

10〜12番の歌にコメントお願いします。

 10 寂寞を乱さぬままに群舞せり蝶の祭りや菜の花畑

 11 真夜もなほドンキホーテの店内は異国の祭りのごとき極彩

 12 留守中の家を焼かれたおじさんはあとの祭りと空を見上げる


posted by かりんネット歌会 at 20:34| Comment(7) | 詠草
この記事へのコメント
11 真夜もなほドンキホーテの店内は異国の祭りのごとき極彩
Posted by 蚫谷定幸 at 2022年08月19日 00:21
11 真夜もなほドンキホーテの店内は異国の祭りのごとき極彩

間違えて一回目の送信をしてしまい、大変失礼しました。
私の住んでいる近くにもドンキホーテはありますが、夜に行ってもまるで昼のような明るい照明と、人の賑やかさ、作者は異国の祭りのごとき極彩とうまく表現されています。
私の所では、夜はヤンキー系の兄ちゃん姉ちゃんが多いようです(笑)。
Posted by 蚫谷定幸 at 2022年08月19日 00:30
10 寂寞を乱さぬままに群舞せり蝶の祭りや菜の花畑

菜の花畑のモンシロチョウの静かな群舞(それを祭りと言う比喩に納得)が明るく、幻想的に浮かぶ。その発見がよい。ただ下句にかけての詠みぶりは腑に落ちず。せり(完了)、や(詠嘆)、名詞止めの斡旋では、三回続けて調べや意味がブツブツブツと切れる。動詞の活用形や語順の見直し、句またがり等で調べが良くなるのではないか。
Posted by 中村暢夫 at 2022年08月20日 06:56
10 寂寞を乱さぬままに群舞せり蝶の祭りや菜の花畑

 菜の花畑に蝶が群舞する美しい情景。寂寞は菜の花畑の状態なのだろうが、やや構えが大きいような気がする。荘子などの世界に繋ぎたい意図があるのだろうか。
「群舞せり」は「群舞す」の未然形「群舞せ」に完了の「り」が付いた形。「群舞せり」と3句で切れて、4句目には詠嘆の「や」が入り、結句は体言止めで、確かに中村さんがおっしゃるようにブツブツ切れる感じは否めない。例えば4,5句を入れ替えて「菜の花畑に蝶の祭りや」とすれば少しなめらかになるように思う。
Posted by 鹿取未放 at 2022年08月20日 16:10
11 真夜もなほドンキホーテの店内は異国の祭りのごとき極彩

そつなくまとまっていて、歌意は一読してわかるが、作者は何に心よせしたのだろう。ドンキホーテの店の内装、品揃えの極彩色だとは読めるが、他に特記事項はないのだろうか、と深読みしたくなった歌。同店の、力強いエネルギーのようなものは感じる。
Posted by 中村暢夫 at 2022年08月21日 08:00
12番の歌

自分が留守をしている間の火事を嘆く、そのやるせなさから空を見上げるしかない。というような感じで、歌の意味はよくわかるものだと思います。ただ、もう少し読者が想像する余地をもたせたほうがいい気がします。例えば結句を「空を見上げる」でおさめるのではなく、その他の描写におじさんの心情を託すこともできたのではないでしょうか。
Posted by 辻聡之 at 2022年08月30日 21:16
12 留守中の家を焼かれたおじさんはあとの祭りと空を見上げる

歌意はわかるのですが、どう受け止めたらよいのかちょっと戸惑った歌でした。
上の句だけ見れば悲劇ですが、下の句の調子に少しユーモラスなものも感じてしまい、シュールなギャグのようにも思えてしまいました。
どういう視点で捉えたらいいのか戸惑いはありますが、悲劇的な場面を淡々と受け流すように描写している点におかしみを感じた歌でした。(「おじさん」の心情を思うとそう捉えるのは罪悪感もあるのですが…)
Posted by 遠音 at 2022年08月30日 23:19
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