2021年05月18日

4〜6番の歌

4〜6番の歌にコメントお願いします。

4 連翹の黄色がうかぶ亡き父の育てた庭の 優勝しました

5 雪原に貨車を連ねてひた走る駅前広場の汽車は夢見る

6 光量子連なる空のしづけさに鯉は泳げず地に尾を垂れて
posted by かりんネット歌会 at 22:01| Comment(7) | 詠草
この記事へのコメント
「優勝」という大きな喜びを得て、作者はお父様の育てられた連翹を思い浮かべたとのこと。連翹の花言葉は「希望」「かなえられた希望」。亡くなられたお父様は作者を応援していらしたのでしょう。作者の喜びと連翹の鮮やかな黄色が、映像としても美しい一首だと思いました。
Posted by 吉村享子 at 2021年05月19日 14:03
5番の一首は雪国に生まれ育った私の裡の遠景そのもので共感した。ただ、雪原を走る汽車にしては下句の「夢見る」は甘い気がした。
Posted by 山内活良 at 2021年05月20日 08:23
6 光量子連なる空のしづけさに鯉は泳げず地に尾を垂れて

なんだか不穏な感じのする歌です。物理学に疎いので勘違いの解釈かもしれませんが、鯉をモチーフに核爆発後の世界を描いているように感じました。ただ鯉が尾を垂れる姿がイメージできませんでした。「腹見せて」ならわかるのですが。
Posted by 森田鞠子 at 2021年05月21日 22:11
6 光量子連なる空のしづけさに鯉は泳げず地に尾を垂れて

「鯉」としかないので違うのかもしれませんが、あまりに空が静かで「鯉のぼり」も風にたなびかないという情景かと受け止めました。「光」や「光子」ではなく、あえて「光量子」という語を選んだことにどのような思いが託されているのか、もう少し手掛かりがあると良いのではと思いました。
Posted by 東山研司 at 2021年05月24日 20:16
6,光量子連なる空のしづけさに鯉は泳げず地に尾を垂れて

コロナ禍の子供の日を詠んだ歌のように感じました。いつもなら光あふれる五月の空に泳ぐ鯉のぼりも半身の尾を垂れていて、子供たちの声もまばらに聞こえる。そんな情景が浮かびます。三句までの表現が素晴らしいです
Posted by 山口コ誠 at 2021年05月25日 13:30
5 雪原に貨車を連ねてひた走る駅前広場の汽車は夢見る

前半、雪原を走るSLの美しい光景が浮かびますが、後半はこの汽車がリタイアして広場でかつての日々を夢見ているように読めました。もしそうなら「…ひた走る夢を見ている」のようにつなげたほうがすっきり映像が浮かぶのでは。
Posted by 鷽野珠良 at 2021年05月28日 17:22
6番:光を光量子と表現することで、きらきらした光の粒を感じました。宮沢賢治の短歌みたいで好きです。
「連なる」が後半の鯉のぼりに繋がり、風の無い日の鯉のぼりの光景なのですが、二句目までの明るさと三句目以降の静けさが非現実のような不思議な空間を生んでいると思いました。それでいて、山口さんも言われているように、現在の日本の様子を表わしているのかなとも。
Posted by 東 洋子 at 2021年05月29日 17:48
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]