2020年09月18日

34〜35番の歌

34〜35番の歌にコメントをお願いします。

 34 貝煮るは残酷とふわが偽善者へ今宵たつぷりつぐ浅蜊汁

 35 かくれんぼする子らの横偽りの足音軽く帰宅したりき


posted by かりんネット歌会 at 22:02| Comment(12) | 詠草
この記事へのコメント
34 貝煮るは残酷とふわが偽善者へ今宵たつぷりつぐ浅蜊汁

なかなか味わい深い歌だと思いました。「偽善者」にわざわざ「わが」がついているところなど上手いです。「たつぷり」という言葉と共にこの人への愛情を感じさせます。「偽善者」という言葉があまり深刻な意味でないという合意が二人の間にもともとあって、そのうえでこのように詠んでいるのだと思いました。
Posted by 久山倫代 at 2020年09月18日 23:43
34番:やはり「たつぷり」が効いています。ただ私は「偽善者」への皮肉か嫌味と捉えました。
そしてこの偽善者は、ひょっとしたら自分自身のことだろうかと思いました。残酷と思いながらも結局おいしく貝汁を食べてしまう、自分の中のもう一人の自分。
Posted by 東 洋子 at 2020年09月19日 21:32
昔、蚊を打って申し訳ないと思う時期がありました。ましてや釜茹での刑の執行者ですから。そのあたりをユーモアたっぷりに表現されているのが、上手と思いました。
Posted by 夏目たかし at 2020年09月20日 10:50
34 貝煮るは残酷とふわが偽善者へ今宵たつぷりつぐ浅蜊汁

つれあいなのか、こどもなのか不明だが、きっと美味しいと言って食べるくせに、という作者の皮肉めいた心持ちがよく現れてる。
Posted by 中村暢夫 at 2020年09月20日 20:29
34、わが偽善者が誰のことであるかで読みが違ってくるように思いました
作者自身である、という読みも成立しそうです
貝煮る、はやや詰まった感じがするので字余りにはなりますが貝を煮るとしてもいいのでは…
結局はおいしくいただきましたというユーモアを感じる歌です
Posted by 細井誠治 at 2020年09月22日 07:28
34. 「今宵」はまだ動きそうですが、「たつぷり」がとても効いていると思いました。
Posted by 吉岡健児 at 2020年09月22日 07:54
35 かくれんぼする子らの横偽りの足音軽く帰宅したりき

場面が少しわかりにくいのは、「横」という言葉のためかと思いました。かくれんぼをしているのは作中主体の子だと思うのですが、家の中なのでしょうか。それとも屋外? あまり仕事がうまくいっていないことを家族には悟られないように帰宅している親の歌であれば、横よりも「家」の方がよいかもしれません。それと、「偽りの」がかかるのが「足音」になってしまい、「軽く」と離れてしまうのもやや難かと思います。「き」で過去形なので、思い出のように感じられますが、それは作者の意図なのでしょうか。
Posted by 久山倫代 at 2020年09月26日 13:17
35番:帰宅した大人を驚かそうと隠れている子どもと、それに気づいているけど知らないふりをしている大人、というほほえましい光景として読みました。しかしこの解釈だと「かくれんぼ」という言葉がそぐわないですよね。
友達とかくれんぼをして遊んでいる子どもの横を邪魔しないように通った、という光景かなとも思ったのですが、それだと「偽り」という言葉が何か重いような…
久山さんの別の解釈になるほどと思いました。
Posted by 東 洋子 at 2020年09月27日 11:33
34 貝煮るは残酷とふわが偽善者へ今宵たつぷりつぐ浅蜊汁

人はたくさんの命をいただいて生きている。そのことを端的に上の句で詠みながら、生きていくことの力強さ、そして現実を下の句でさばさばと表現しているところが痛快です。生きていくことの本質を突いていながら、たっぷりと、に表現される皮肉めいたところに、人生の巧者のような主体の生きざまを感じて気持ちのいい歌です。
Posted by 蒼音 at 2020年09月28日 09:35
34 貝煮るは残酷とふわが偽善者へ今宵たつぷりつぐ浅蜊汁
生きている浅利は塩水を勢いよく吐き出します。まさしく生きているのです。その浅利を「浅利汁に」料理する作者。そういう自分を言葉では「残酷」と言いながらその我を「偽善者」と自認しつつ、「たっぷり」浅利汁を頂いている。自嘲気味かな。ユーモアをたっぷり感じた歌です。
Posted by 山下騰子 at 2020年09月28日 16:28
34 貝煮るは残酷とふわが偽善者へ今宵たつぷりつぐ浅蜊汁

軽い皮肉でもありユーモアでもあり、矛盾でもあるところに複雑な味わいがあって面白いです。「偽善者」は調理をしなかった方の人かな、と思って読みました。調理した方の人の中にもそういう「偽善者」がいるのかもしれませんね。
Posted by 遠藤由季 at 2020年09月29日 08:53
34 貝煮るは残酷とふわが偽善者へ今宵たつぷりつぐ浅蜊汁

心の端に引っかかっていた陰をブスッと刺された歌で、印象的でした。
ただ、「わが偽善者」が作中主人公のことか、一緒に食事をする人のことなのか、解釈に迷ってしまい、そこが少しすっきりしませんでした。
作中主人公のことだとすると自虐的な息苦しさを感じるので、個人的には「貝煮るは残酷」と口だけの家族へ向けたご立腹の歌だと捉えたいです。
Posted by 遠音 at 2020年09月30日 01:21
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