2020年07月18日

22〜24番の歌

22〜24番の歌にコメントをお願いします。

 22 畏れなど知らず夢でも見ていたか荒南風のあさ蝉しずかに鳴く

 23 ねぇ、君の夢を聞かせて なんとかして僕が叶える、生きているから

 24 六日目の壁の向かうはもう夢をみなくてもいいドリームボックス


posted by かりんネット歌会 at 08:32| Comment(13) | 詠草
この記事へのコメント
24.

ドリームボックスというつらい事柄を歌にしたことに心が揺さぶられたのですが、あまりにいたましく読むたびに胸がしめつけられるので票を入れられませんでした。悲しい現実を歌にする難しさを感じております。
Posted by 光野律子 at 2020年07月19日 10:43
24つづき

でもやはりどうしても気にかかる歌で、心に残る歌となりました。
Posted by 光野律子 at 2020年07月19日 11:21
22番:歌に詠まれているのは荒南風と蝉ですが、この社会が混乱している中に生まれてくる子どもたちや、社会に出ていく若者たちへのまなざしを感じました。
Posted by 東 洋子 at 2020年07月19日 20:18
24 六日目の壁の向かうはもう夢をみなくてもいいドリームボックス

現在、保護犬を飼っている私としましては他人事ではない短歌です。光野さんと同じく大いに気になる歌ですが、犬好きにとってはこのままでは救いがないのではと寂しく思いました。
Posted by 夏目たかし at 2020年07月21日 20:18
24. 私も光野さんと同じで、悲しくて辛くなってしまいました。わざと救いのない詠み方で、そんな状況を作った人間への戒め、問題提起されているのだと感じます。
歌からそれてしまい、保護犬のサイトを検索してしまいました。夏目さんのように、いつか保護犬を引き取りたいですが、その前に保護される犬が少なくなることを願います。
Posted by 小松佳奈 at 2020年07月24日 09:46
24. つづき
『ドリームボックス』という名称を皮肉った歌なのでしょうか。誰が付けた名称なのか、人間性を疑いたくなる名称です。
やはり歌を離れて考えさせられる一首で、目をそらさず読んだ今、投票すればよかったと強く思います。
Posted by 小松佳奈 at 2020年07月24日 10:39
24 六日目の壁の向かうはもう夢をみなくてもいいドリームボックス

投票締め切りの際、バタバタしていて「ドリームボックス」の意味を調べぬままに投票したことが悔やまれます。
この歌、すごくいいです。「六日目」という数詞の具体が、残酷な状況をなんと際立たせていることかと思います。「ドリームボックス」さえ分かれば、恐らく1週間の期限なのだろうな、とすぐ分かります。その命名の皮肉を「もう夢をみなくてもいい」と突き放しているところに、静かな憤りと動物たちへの愛情がひしひしと感じられ、忘れられない歌です。「壁の向こう」という、生と死の境目の薄さを感じさせる表現も、とてもいいと思いました。
Posted by 松村由利子 at 2020年07月24日 17:00
22、畏れなど知らず夢でも見ていたか荒南風のあさ蝉しずかに鳴く

「荒南風(あらはえ)とは西日本における梅雨の頃の荒れた南風のことのようです。
「畏れなど知らず夢でも見ていたか」が主体のことなのか蝉のことなのか判然としないものの(そこが夢のようでも…)、湿度のある荒れた風の朝の蝉の鳴き声を通して、ある「畏れ」にしずかに接近してゆく、その感じは伝わります。
Posted by 上條素山 at 2020年07月27日 01:12
24、夏目さんのご意見にあるとおり救いのなさが辛い作品です
しかしそれこそが作者の伝えたかった「現実」なのではないだろうかと思って読みました
突き放したような詠み口も一首の内容に相応しいです


Posted by 細井誠治 at 2020年07月27日 05:28
22、法師蝉なのか蜩なのか鳴いている蝉の種類によって一首の印象が違ってくるだろうと思います
畏れなど知らず夢でも見ていたのは蝉と思って読みました
Posted by 細井誠治 at 2020年07月29日 05:17
23、なんとかして君の夢を叶えるのだという真っ直ぐな強い気持ちがストレートに伝わります
生きているから、という結句は表現としてこれでよかったか、再考の余地があるかもしれません
Posted by 細井誠治 at 2020年07月29日 05:38
24 六日目の壁の向かうはもう夢をみなくてもいいドリームボックス

最初は意味がわからなかったのですが、ドリームボックスの意味を調べて、がく然としました。
この現状に対する作者の強い思いがうかがえる、よい歌だと思います。
ただ、個人的な感覚なのですが、「もう夢を見なくてもいい」という突き放した言い回しが、揶揄のようにも感じてしまって、作者の思いの強さが少し削がれるような気がしてしまいました。
作品、短歌としてはこのように突き放して詠むほうがよいであろうことは承知の上で、もっとストレートに「もう夢を見ることのない」などと詠われていたら票を入れていたと思います。
色々と書いてしまいましたが、こういう事実に切り込もうとする姿勢は素晴らしいと思います。
Posted by 遠音 at 2020年07月30日 01:06
 23 ねぇ、君の夢を聞かせて なんとかして僕が叶える、生きているから

迫力のある呼びかけなのに、どこかねじれた、焦りを感じました。じつは相手のためではなく、自分のために生きて欲しいゆえの必死さではないのだろうか、そんな心の迷いが結句のブレに現れている気がしました。
Posted by 中山 at 2020年07月30日 23:47
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