2020年07月18日

31〜33番の歌

31〜33番の歌にコメントをお願いします。

 31 転寝の夢に泣きたり「ただいま」の声の虚しく遠く田鶴啼く

 32 親しくはなかったけれど亡き人の冷たき指にふれている夢

 33 夢の国ディズニーランドも閉じる夜いそぎんちゃくは絶叫をせり


posted by かりんネット歌会 at 08:30| Comment(10) | 詠草
この記事へのコメント
33 夢の国ディズニーランドも閉じる夜いそぎんちゃくは絶叫をせり

コロナ禍の苦しい状況を詠んだ歌でしょうか?物言わぬ筈のイソギンチャクまで叫んでいるというのでしょうか?どのような解釈があるのか、気になります。
Posted by 夏目たかし at 2020年07月21日 20:01
31 転寝の夢に泣きたり「ただいま」の声の虚しく遠く田鶴啼く

ふるさとを遠くなつかしむ歌と思って読みました。「ただいま」と言っても、もう実家には誰も住んでいないのかもしれないと思わせる寂しさが伝わってきます。「転寝の夢」という浅く短い眠りの中の夢であることがまた、寂しさを増幅させているようです。「虚しく遠く〜啼く」という語尾の重なりは、あまりよくないように思います。どこからどこまでが「田鶴」に掛かるのか、はっきりした方がよいと思いました。

32 親しくはなかったけれど亡き人の冷たき指にふれている夢

奇妙なリアリティがある歌です。結句の最後に「夢」が来ている作りは、達者な作者であることを思わせます。本当に親しい人が亡くなったときには触れ難いかもしれず、夢のわからなさがうまく捉えられた一首と思います。


33 夢の国ディズニーランドも閉じる夜いそぎんちゃくは絶叫をせり

新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言のとき、と読んでもよいし、人類が滅びに向かう近未来の「夜」と読んでもいいと思いました。後者の方がSF世界のようで、下の句の奇妙な迫力が納得できるかもしれません。不思議な魅力のある歌です。
Posted by 松村由利子 at 2020年07月24日 17:23
32
親しくはない方の葬儀に行って、その冷たい指に触れる夢、でしょうか。生前に関係の薄かった方の葬儀で、故人との別れの悲しみが少ない分、かえって「死」や「なきがら」の生々しさ感じたことがあります。そうしたやや特異な場面の感情を思い起こしました。
Posted by 東山研司 at 2020年07月24日 20:33
32、夢という現象の不条理な感じが素直に詠まれていて好感のもてる歌だと思いました
Posted by 細井誠治 at 2020年07月24日 20:56
33、初句「夢の国」は言わなくてもよいように思いました
下の句の飛躍に不思議な面白さのある一首です
Posted by 細井誠治 at 2020年07月24日 21:04
32 親しくはなかったけれど亡き人の冷たき指にふれている夢

親しくはなかったが、嫌ってはいない。むしろ好意を持っていたのだろう。その人が亡くなってしまった。彼/彼女の夢をみて、指にふれている。もっと親しくなりたかったのだ。夢にまでみるのだ。
Posted by 中村暢夫 at 2020年07月26日 06:07
31、松村さんのご意見に賛成いたします「田鶴啼く」がどこを受けているのかが解りにくいです
喪われてしまったふる里を寂しく思っている作者の心情は伝わってくるのですが…
Posted by 細井誠治 at 2020年07月27日 06:25
33 夢の国ディズニーランドも閉じる夜いそぎんちゃくは絶叫をせり

理屈では解説しきれないけれど、ディズニーランドの煌びやかな感じと、ゆらゆらとしたイソギンチャクの雰囲気が、なんともいえない不思議さで繋がっているようで、面白いです。
Posted by 遠藤由季 at 2020年07月30日 08:40
33番の歌

すでにみなさんがおっしゃっているように、「これだ!」っていう解釈はできないのだけれど、妙に惹かれる歌ですよね。イソギンチャクに全部持っていかれました。
Posted by 辻聡之 at 2020年07月30日 23:34
 33 夢の国ディズニーランドも閉じる夜いそぎんちゃくは絶叫をせり

素顔を隠して客に奉仕するディズニーランドのキャラクターと岩場の陰に動くことなく一生を終えるイソギンチャク、どこか似ています。夢の裏側の普段顧みられぬものたちの秘めた怒りかなしみ?こみ上げる感情が共振、連鎖して爆発したような迫力が面白いです。
Posted by 中山洋祐 at 2020年07月30日 23:55
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