2020年06月18日

10〜12番の歌

10〜12番の歌にコメントをお願いします。

 10 オンライン面接うける新卒の身に降りかかる堕栗花(ついり)の寒さ

 11 から梅雨の雨降り地蔵の額の罅ゆうべやぶいた手紙のような

 12 今日だれと帰れるだらう揺れる児の帽子のみなと昇降口は


posted by かりんネット歌会 at 22:31| Comment(11) | 詠草
この記事へのコメント
碧野みちるです。よろしくお願い申し上げます。

10.上句と下句の連想&接続(ミクスチャ)が巧み。上句で現代性に即した情勢や苦難を訴えつつも、下句の「堕栗花」という美しい単語の詩情をうまく絡めることで、単なる「苦しみの現代歌」のみに終わっていないと思われます。碧野もこういう歌を目指したいです。

11.上句下句の連想&接続(ミクスチャ)が無理なく巧みといった印象です。「地蔵」ではなく「雨降り地蔵」という表記に拘ってしまうと、雨の概念が連続してしまい多少のノイズを生むと感じました。「雨降り地蔵」をどんな状況で観察したのか、という経緯(通勤中・通りすがり等)が示されているとより深みが増すとも考えます。主張は後半下句の「手紙をやぶるほどの作中主体の激情」にあると思うので、それを引き出すために上句の風景は活きていると思います。

12.一読して、どうしても下句でつっかえてしまいました。「児」の形容の仕方がストレートでなく回りくどい印象を持ってしまいました(そわそわする児童の様子は分かりやすく表現されているのですが、その場所や状況等を示す語の斡旋が不明瞭)。また助詞「と」による「昇降口」と「児」の並列表現を懐疑しました。この歌では、昇降口の帽子の児たちの様子のみに視点を当てるべきだろうと私的には考えました。
Posted by 碧野みちる at 2020年06月19日 01:22
10オンライン面接うける新卒の身に降りかかる堕栗花(ついり)の寒さ
オンライン面接の緊張感が梅雨寒と呼応していてコロナ禍での就活の大変さが伝わってくる歌ですが、「堕栗花」の言葉のイメージと、「寒さ」という言葉とが合っていないように感じます。今6月、ちょうど栗の雄花が咲いています。むっとするむせる臭いです。温もりを感じる言葉です。そのイメージが先行してしまい、そのあとに続く「寒さ」が不自然に感じますが。ここは、普通に梅雨寒でいいのではないでしょうか。

 
Posted by 山下騰子 at 2020年06月19日 21:44
12 今日だれと帰れるだらう揺れる児の帽子のみなと昇降口は

小学校低学年は友達と話しながら笑いながら帰ることを楽しみにしている子が多く、だれかと一緒に帰りたいと思いながら昇降口で靴を履き替え下校します。下校時の昇降口は児童であふれ大人から見ると小さな学帽がゆらゆら沢山揺れているように見えます。「揺れる」の言葉は、児童の心の揺らぎと学帽の揺れを重ねて歌われていると思いました。歌われている内容はよくわかり、小学生の心の機微を捉えている思いました。ただ帽子を舟とみなして昇降口を「みなと」と表現されていると思いましたが、「みなと」まで言わないほうがいいような気もします。また「昇降口は」が結句にあると「昇降口」がクローズアップされてしまいます。結句にもってこないほうがいいような気がしました。
Posted by 森田鞠子 at 2020年06月19日 23:05
12番:最初に不安そうな一人の子どもに焦点をあて、その後視線を高い位置から全体に広げて、わやわやと下校する児童たちの様子をうまく表現されている思いました。
それにしてもこの歌を一読したとき、自分が小学生だった頃の不安と、わが子が小学生だった頃の不安がよみがえり、せつない気持ちになりました。友達関係の些細ないざこざ、力関係、板挟み・・・小学生(特に高学年女子!!)もなかなか難儀な社会を生きています。
昇降口で不安に揺れる子に「明日も元気に登校してね」と、港から舟を送り出すように、そっと背中を押してあげたくなるような歌でした。
Posted by 東 洋子 at 2020年06月21日 17:26
10 オンライン面接うける新卒の身に降りかかる堕栗花(ついり)の寒さ

コロナによって採用する側の計画も一変してしまった。面接・選考解禁となる6月ですが、「堕栗花」の使い方がとても上手く、就活生の置かれている厳しい状況と心情を端的に述べている。やや外側から眺めた視線にも感じるので、もし、当事者ならば「寒さ」だけでない踏み込みがもう一歩できるかも知れません。
Posted by 若槻真美子 at 2020年06月21日 19:28
11.「雨降り地蔵」という語の選択がいいと思いました。具体的にはよくわかりませんが(調べたら全国にあるそうですね)、そこから少し拓けた田舎の風景や、神社やその周辺の緑まで想像できました。下句の比喩はそれほど新鮮なものではないと思いますが、心の葛藤を見せるアイテムとして手紙が選ばれているのでしょう。あまり深く詠み込まず表層にとどめたことで、かえって「雨降り地蔵」に対する愛着が見えてくるようでした。
Posted by 貝澤駿一 at 2020年06月22日 20:47
12. 初句二句の切なさにキュンとなりました。三句以下は上から俯瞰するような目線の表現に、原風景を見ているような気持ちに誘われました。
少し気になるのは、「帽子のみなと昇降口は」の表現が素晴らしいので、主役が「揺れる児」なのか「昇降口」なのか迷ってしまう点でしょうか。
Posted by 小松佳奈 at 2020年06月23日 22:11
11・ユーモアの歌として面白いと思いました。ただこのままだと、「皺」が「やぶいた手紙」のよう、ということになって、ちょっと荒っぽいか。
12・言われてみると帽子を被った子供の頭というのはわけもなくいつも揺れているような気がしてきます。言葉の選びもくっきりとして楽しい歌と思いました。
Posted by 米川千嘉子 at 2020年06月28日 21:17
11 から梅雨の雨降り地蔵の額の罅ゆうべやぶいた手紙のような

深刻な雰囲気の歌だと感じました。
空梅雨の「雨降り地蔵」ということは、雨を降らせる本来の役割を果たせておらず、額のひび割れもその因果の現れのように見えてしまった。
手紙の比喩は、作中主人公の内面の葛藤がにじみ出てしまったのだと思いますが、雨降り地蔵の果たせていない務めと取り合わせるには少し突飛な印象がありました。
おそらくはその手紙の内容が鍵なのだと思うので、そこが描写されていたら共感しやすくなったのではと思います。
Posted by 遠音 at 2020年06月29日 06:56
11 から梅雨の雨降り地蔵の額の罅ゆうべやぶいた手紙のような

お地蔵さまもやや乾き気味だったのでしょうね。手紙の乾いた質感とお地蔵様の額の皺の質感とが、空梅雨であることで似通ってくるような、そんなところを詠まれたのかと思いました。


 12 今日だれと帰れるだらう揺れる児の帽子のみなと昇降口は

二句目、四句目で切れて結句へと流れてゆく、歌の作りがまさに揺れるようで面白いと思いました。



Posted by 遠藤由季 at 2020年06月29日 08:14
10 四句「身にふりかかる」が言い過ぎ。歌は、ここぞという表現の手前にあるさりげない言葉が大切。

11 初句「から梅雨の」の「の」のつなぎが気になる。

12 「揺れる児の帽子のみなと」は、言葉の工夫が見えすぎる。
Posted by 坂井修一 at 2020年06月30日 04:34
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