2020年06月18日

13〜15番の歌

13〜15番の歌にコメントをお願いします。

 13 銀幕にイケメン降臨白妙のポップコーンは床に散らばる

 14 薬降る五月のそらの天気図を忘れてあおい傘の六月

 15 降りくる小学生の「こんにちは」しばしつづきぬわがために言ひ


posted by かりんネット歌会 at 22:30| Comment(11) | 詠草
この記事へのコメント
碧野みちるです。よろしくお願い申し上げます。

13.「白妙のポップコーン」という表現は、古い枕詞と新しい景物のミクスチャを試みており、面白く鑑賞しました。ですが、掲出歌の舞台設定は昨今よくある展開をとっており惜しい…と感じてしました。オチがつきすぎているというか。もう少し〈われ〉のオリジナリティが垣間見られる表現を希求できるのでは、とわがままにも望んでしまいました。

14.正直に申し上げますと、一読して歌意がまったく取れませんでした。「薬降る」が五月初夏の季語なので、「薬降る」と「五月」の重複表現が気にかかります。そして結句には「六月」の語があるため、「五月」「六月」の語は作者にとってのこだわりなのでしょうか。「降水量を示す天気図は雨の時期は全国的に青く塗られる」「旧暦五月とのずれへの言及」などといった解釈が碧野には限界です、申し訳ありません。

15.意味は推測しやすいです。三句目までの破調は善し悪しが分かれると考えました(碧野は肯定派)。ですが表現の問題で、小学生からの挨拶が作中主体に「降りくる」という言い回しには、多少の無理を感じました。「降る」という事象は、上から下へという物理的な流れがあるため、小学生たちが作中主体を見下ろすかたちになり、この歌の景が上手く読み取れません。(メタ的に題詠ゆえにかもしれませんが)動詞を変えてみたらまた違った鑑賞になるかと存じます。あと韻律も、発声する上で少しぶつ切りになりがちで、一考の余地があるのではないでしょうか。
Posted by 碧野みちる at 2020年06月19日 01:24
15 降りくる小学生の「こんにちは」しばしつづきぬわがために言ひ

山での景だろうか。遠足か。降(くだ)ってくる小学生の集団。皆が行儀よく挨拶をしていく。これから登る私への激励。歌から読み取ることができる、私の気持ちは、読者の気持ちにより変わるとも。
Posted by 中村暢夫 at 2020年06月19日 18:31
13、イケメンの面影が具体的に描かれていれば、歌にさらに膨らみが出たのではないかと思います
ポップコーンの散らばる理由がわかるようでわからないところも少しもどかしく感じられました
Posted by 細井誠治 at 2020年06月20日 08:30
15、状況が少しわかりにくい感じがするのを残念だと思いました
結句のわがために言ひを削って状況の説明に充ててもよいのではないかと思います
Posted by 細井誠治 at 2020年06月20日 22:03
15:山道でのすれ違いでしょう。小学生たちの様子とその大勢に挨拶してもらえている自分の双方に対してのリスペクトが感じられこのままで良いと思いました。
Posted by 渡辺泰徳 at 2020年06月24日 09:21
15 降りくる小学生の「こんにちは」しばしつづきぬわがために言ひ

「降り」という字からバスを降りてくる子どもたちが浮かびましたが、これはきっと山道ですよね。ハイキング道で「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」と口々にいって通りすぎる遠足の子どもたちに出会う。言われたほうはいちいち返事をするのも大変だけれど、次々に湧いてくる子どもたちの元気なエネルギーをちょっと眩しく感じながら、微笑ましく見送っている、そんな爽やかな出会いの場面をさらりと描写していて素敵だと思いました。
Posted by モロクラ タマラ at 2020年06月24日 11:46
13銀幕にイケメン降臨白妙のポップコーンが床に散らばる

映画(スクリーン)を「銀幕」とされ、イケメンがスクリーンに突然現れたことを「降臨」とし、その驚きを隠せず、ポップコーンを床に散らばせてしまった作者が見え、とても楽しい作品でした。
「白妙」が「ポップコーン」はもちろん、「銀幕」と「降臨」を際立たせているように思えました。
Posted by 石橋陽子 at 2020年06月26日 23:01
13 銀幕にイケメン降臨白妙のポップコーンは床に散らばる

オチがつきすぎているのも含めて、漫画的な面白さです。ポップコーンをこぼしながら星の入った目がウルウルしている少女漫画のシーンのよう。そこまでのイケメンなら、ぜひとも固有名詞を!そのひとを起点に、降臨→白妙とイメージがきらびやかに拡大していったと思います。それから、ポップコーン「は」でなく、「が」にすると、さらにその男性の存在感が増すと思うのですが、この変更が作者の意図にそうかどうか。以上、細井さんと石橋さんのコメントをまとめた形になりました。
Posted by 久山倫代 at 2020年06月27日 21:55
14 薬降る五月のそらの天気図を忘れてあおい傘の六月

天気図って、もしかして等圧線が書かれたものではなくて、おひさまや傘の予報マークが日本地図の上に書かれた予報図のことでしょうか。
六月に入って青い傘がならんでいるということでしょうか。
どなたか、うまく解釈していただけませんか。
Posted by 久山倫代 at 2020年06月27日 22:02
14 薬降る五月のそらの天気図を忘れてあおい傘の六月

一読、意味はぱっと取りづらいのですが、音の響きの楽しさを主体とした歌かしらと感じました。
五月の気持ちのいい空、薬とありがたられるおしめりもあった空模様はもはや忘れ去られて、菖蒲の連なりのようなあおい傘の並ぶ、雨の続く六月になってしまったよ。(梅雨前線の比喩?)
五月から六月にかけての天気模様の変遷を歌ったのだと思いますが、「忘れて」の辺りが解釈のしづらさ、ネックになっているのではと感じました。


15 降りくる小学生の「こんにちは」しばしつづきぬわがために言ひ

ほほえましく、楽しい光景ですね。歩道橋などの階段での登下校の様子を想像しました。
子ども達は教えられたとおりにすれ違う人に挨拶をし、作中主人公はおそらく、いちいち律儀に挨拶や会釈を返してしばし足止めされてしまっている。煩わしさもありつつも、心地よさがあふれでている心情がよく出ていると思いました。
Posted by 遠音 at 2020年06月29日 07:02
13 世俗的な場面の描写で押し切った感じ。揺り戻しがあると良いかも。

14 「薬降る=陰暦5月5日ごろの雨=今なら6月」なので、枕詞のように5月に続くのは無理がある。初句をさらっと歌い出せばよかった。

15 四句「しばし」不用意。結句への飛躍もやや一人よがり。
Posted by 坂井修一 at 2020年06月30日 04:25
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