2020年06月18日

16〜18番の歌

16〜18番の歌にコメントをお願いします。

 16 降板のエースの肩をポンとたたくその一瞬の平行の影

 17 この大き帳くぐれば何がある降車ボタンを関節で押す

 18 コンサート雨降る夜の帰り道ひとり歌いぬ住宅街に


posted by かりんネット歌会 at 22:30| Comment(18) | 詠草
この記事へのコメント
碧野みちるです。よろしくお願い申し上げます。

16.情景は浮かびやすく、歌壇によく見受けられる展開の歌だと思います。個人的には、歌中の「その一瞬」を形容する「並行の影」という言葉の斡旋を、もう少し深化させるべきでは、とは思います。あと作者のポジションも、深読みをしないとよく解らないのでもどかしく思いました。ただ、歌の場面の切取りはとてもリアルかつ青春性があり、フレッシュで、持ち味になると感じました。

17.情景はぱっと浮かび、未知の世界へ踏み出さんとするわくわく感が伝わってくるようです。ただし「帳(緞帳?)」と、何らかの交通機関ドア、という取り合わせ及び連想に、少しだけ違和感を持ちました(縦の動きVS横の動き)。また「関節」がどの身体部分の関節か判らないので、一読してもやもやした感慨が残ってしまいました。総括して「説明の言葉が足りない」といった印象でした。

18.一読してよく歌意がわかります。コンサートの余韻で思わずノリノリになってしまう作中主体の姿がありあり浮かんで、こちらまでうきうきとしてしまいそう。しかし一方では、ただごと歌になりかねない印象かと存じます。読み終えて「あ、そうなのか」と納得するだけで終わってしまいそうな懸念があります。もったいないかな、と。
Posted by 碧野みちる at 2020年06月19日 01:27
 16 降板のエースの肩をポンとたたくその一瞬の平行の影

野球が好きなので、まずそこでいいなと思いました。なんとなく夏の高校野球がイメージされましたが、影に特化してフォーカスしたところが、それっぽくて、すてきだなと思いました。
Posted by ヨコタヒロユキ at 2020年06月19日 21:15
16、地面に落ちた平行の影に着目された点がとても印象的です
こまかな状況を敢えて描かないところもいいと思います
ポンとたたく、がやや大雑把には思えましたが…
Posted by 細井誠治 at 2020年06月20日 07:06
18、雨と住宅街が一首の中でいまひとつ効いていないように思われました
読者としては(何を)歌ったのかとても気になるところです
Posted by 細井誠治 at 2020年06月20日 07:23
16 降板のエースの肩をポンとたたくその一瞬の平行の影
エースの投手でも、偶々調子が悪く降板させられた、その投手の悔しさや疲れが一番わかるのが監督であると思います。その優しさが、肩をポンと叩くことで表現され、平行の影は監督と選手というような関係を超えた同志のようなものを感じました。
Posted by コ力 聖也 at 2020年06月20日 11:19
16
「肩をポンと」叩く側に深刻さはなく「代え時だから代えて当たり前、ご苦労さん」という程度のことでしょう。一方、交代させられる側の心理は同じでしょうか。このふたつの胸中に一瞬の「相交わらない平行」があり、「影」の暗さがそれを示唆していると、私には思われました。むろん、「寄り添う平行」という捉え方もあり得て、どちらを感じるかは読み手の内面に左右されるようにも思われます。
Posted by 東山研司 at 2020年06月20日 20:58
17
夜の「帳」の向こう、見知らぬところに降りてゆく(ゆかざるをえない)時の何らかの心理でしょうか。ボタンに指先で触れず「関節で押す」ところが、新型ウイルスのゆくえ、そしてその先の世界への不安を指し示しているようにも思えました。
Posted by 東山研司 at 2020年06月20日 21:16
16 降板のエースの肩をポンとたたくその一瞬の平行の影

降板者へむける登板者のものとしては、「肩ポン」がどんな言葉よりも有効でしょう。「平行」に淡々と交替する二人ですが、心の奥底では方や無念・失意、方や高揚・得意とをどちらもグッと押しとどめています。
しかし、その下向きベクトルと上向きベクトルとが、「肩ポン」の一瞬には下向きでも上向きでもなく同じ高さのベクトルで“⇔”相手に向かう心の有り様を捉えたと思います。
硬質感のあるクールな歌そのものが「平行」という姿を体現しているようにも感じました。
Posted by 若槻真美子 at 2020年06月21日 19:34
18 コンサート雨降る夜の帰り道ひとり歌いぬ住宅街に
どういった、誰のコンサートだったのか気になります。そして夜道に歌った歌の題名もしくは歌詞を一首の中に織り込めば、はっきりした良い歌になるのではないでしょうか。
Posted by 長山 弘 at 2020年06月21日 22:34
18.「雨降る夜」なのがポイントなのでしょう。コンサートは非日常、一方、帰ってきた住宅街はまさに日常の風景です。非日常から日常へと帰っていくその道を「雨」が背景として支えていることで、この主体の高揚感が静かにしかし広がりを持ってとらえられているのだと思います。ただごと歌っぽいというコメントやもう少し具体的にという意見も見られましたが、ごれはこれでいいのでは。
Posted by 貝澤駿一 at 2020年06月22日 20:50
16 降板のエースの肩をポンとたたくその一瞬の平行の影

「一瞬の平行の影」がわかるようなわからないような。投手の肩をたたいたのは監督なのか、交代投手なのか。肩をたたく手の影が平行ということなのか。投げ通したかった無念な気持ちを持ってマウンドを降りる投手の気持ちを、地面に落ちた影という動きのあるディテールと対比させる試みなのだと解釈しました。「一瞬」「平行」という熟語を「の」を多用してつなぐ下の句にスポーツの歌らしいスピード感を感じますが、もうすこし具体的なヒントがあるとさらに印象が鮮やかになるのでは。
Posted by モロクラ タマラ at 2020年06月24日 12:02
17番:「降車ボタン」でバスの中にいることがわかりました。ということは、この帳は長距離バスのカーテンでしょうか。
数回しか乗ったことがないので、長距離バスに降車ボタンなんてあったかな?と少しひっかかったのですが、それ以外は私自身の長距離バス体験と重なる部分もあって心に残る一首でした。(2月以降は長距離移動してませんが)
長距離移動制限もやっと解除され、久々の上京、もしくは里帰り。この帳をくぐれば、自分の知っている風景や人がいるはず、たぶんいるはずなんだけど、本当に「コロナ前」と同じ光景なんだろうか… 
不安が「関節で押す」に表れています。
Posted by 東 洋子 at 2020年06月27日 11:14
16降板のエースの肩をポンとたたくその一瞬の平行の影

マウンドでのピッチャー交代か?マウンドを去ってからの監督に迎えられた場面か?
ハッキリしていませんが、どちらにしても「お疲れさま。よくやった。」という労いが込められている。
「平行の影」は、ガックリ来ている降板のエースと、登板のエースの「俺に任せておけ」が見えるような気がしました。
監督であれば「ゆっくり休め」でしょうか。
Posted by 石橋陽子 at 2020年06月27日 12:54
17この大き帳くぐれば何かある降車ボタンを関節で押す

新型コロナウィルスが流行っている今だからこそ分る一首と思いました。
私の知る限りですが、路線バスの帳は運転席にあるだけ。
作者が、感染にとても用心されている様子が、結句によく表れています。
Posted by 石橋陽子 at 2020年06月27日 13:19
17、ここでの「帳」は新型コロナウイルス感染が拡大している現下の状況を意味するのかも知れないなと思って読みました
感染が終息したのちにどのような世界が来ているのだろうかという作者のある不安が詠われているのではないでしょうか
Posted by 細井誠治 at 2020年06月28日 09:01
16・引きつける魅力があると思いました。1首としては降板させられる投手の側に作者の共感や自己投影があって、内向的な面白さがあると思いました。ただ、上句の、印象的な動作を主体にして降板させる側の存在感が強いので、結句にこめられたはずの、交替させられるほうの屈託がやや唐突に感じられるのかも。そこを解決するやり方はありそうな。
Posted by 米川千嘉子 at 2020年06月28日 21:30
17 この大き帳くぐれば何がある降車ボタンを関節で押す

夜という暗さの帳の中へとバスから降りてゆく、その瞬時の心のありようが詠まれていると思いました。「関節で押す」という行為が、説明なして通じる世の中なのだなぁ、と。「大き帳」をどう読むか、夜だけでなくドアでもあり得るし、心象的なものでもあり得るし、様々な解釈が生まれる歌ですね。


Posted by 遠藤由季 at 2020年06月29日 08:23
16 形ができている最大公約数の歌

17 コロナ社会。「この大き帳」は短歌的。少しはずれる表現のほうが衝撃力があるだろう。

18 「住宅街」は抽象的。もっと匂いのある言葉はなかったか?
Posted by 坂井修一 at 2020年06月30日 04:16
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