2020年04月18日

7〜9番の歌

7〜9番の歌にコメントをお願いします。

 7  牧羊犬の目はどこまでも明るくて春のポトフは煮込まぬがよし

 8  春の山キブシの暖簾風に揺れ淡ひ緑に心明るむ

 9  夕暮れにさくら色へと変わりゆきパソコン画面は明るさ落とす


posted by かりんネット歌会 at 14:25| Comment(18) | 詠草
この記事へのコメント
 7  牧羊犬の目はどこまでも明るくて春のポトフは煮込まぬがよし

おしゃれな感じのする作品です。作中主体と、牧羊犬と、ポトフとはどのような位置関係なのでしょうか。上句と下句のつながりは必然的なのでしょうか。よくわかりませんでした。たくさん票が入っているので、皆さまのご意見を伺いたいです。
Posted by 久山倫代 at 2020年04月18日 17:20
7の歌
上句でどこまでも明るい春のイメージが伝わってきます。
牧羊犬と春のポトフはとの繋がりではなく、場面転換と読みました。
ポトフの薄めな味、煮込まぬがよしも 春の軽やかなイメージと重なると思いました。
Posted by コ力 聖也 at 2020年04月18日 18:04
7の歌
春のかろやかさにあふれていて、
とても すてきなお歌だと思いました。
ただ 牧羊犬というと どうしても、
アルプスの少女ハイジの世界を想像します。
ただ上句と下句が離れてる感も否めません。
逆をいえば、離れてるから よりメルヘンチックで 魅力のあるお歌なのかなとも
思いました。
もし「春のポトフは煮込まぬがよし』の下句に近ずけるなら、上句は「牧羊犬」よりも、
犬の種類を書いたほうがいいのかなと
思いました。
例えば シェパードとか コーギーとか、
シェルティーとか。
おさんぽ帰りに 美味しいポトフが
待っているとするならば、
上句を「リード引くシェパードの瞳あかるくて」「かえり道シェルティーの瞳あかるくて」などにかえると お散歩がえりの
雰囲気がでるのかなあと思います。
いずれにしても 雰囲気のある作品だと
感じました。





Posted by 橘 まゆ at 2020年04月18日 18:32
7
牧羊犬の目もあかるく澄む春だから、ポトフもスープが濁らない程度に煮るのがいい、というふうに受け止めました。春野菜は柔らかい、ということも重ねてあるのだと思います。
牧羊犬は日本にあまりいないですし、日本の春といえば「霞」でしょうから、海外の情景ではないかと思いました。
Posted by 東山研司 at 2020年04月18日 21:47
自らの使命に活き活きと澄んだ輝きを放つ牧羊犬の目、
素材の味を楽しむべく春野菜の煮込みすぎない(=濁りの無い)澄んだスープ、
どちらも「純粋な生命の勢い」をもつものとして心寄せる感覚を受け取りました。
Posted by 若槻真美子 at 2020年04月18日 23:24
7 牧羊犬の目はどこまでも明るくて春のポトフは煮込まぬがよし

牧場の光景だろうか。牧羊犬が忠実に羊を追っている。唐突に場面が切り替わって、小屋の厨でポトフを煮ている。春の野菜は煮込まないほうがよいという誰かの発言。「牧羊犬の目はどこまでも明るく※て※」の繋がりがわからず、取れなかった。若槻さんのコメントを参考に「明るくて」が「澄んでいて」ならば私にも雰囲気が了解できるのだが…。
Posted by 中村暢夫 at 2020年04月19日 10:36
9
少し推測が入りますが、さくら色の夕暮れのひかりがパソコンの画面に射してきたところに、画面がスリープして明るさを落とす、といった情景でしょうか。
無機質なパソコンの液晶画面のうえにも春の夕暮れを感じる瞬間、というような、いい情景のように思いました。
Posted by 東山研司 at 2020年04月19日 17:16
ある春の日の家の中の一コマなのでしょうが、飼い犬をあえてコーギーとかではなくて「牧羊犬」と詠んだのが、この歌のポイントだと思います。現実には人も犬も家の中に閉じ込められているような状況ですが、「牧羊犬」この一つの言葉によって、春の草原の幻が広がりました。みずみずしい春野菜の表現も、直球のサラダではなくあえてポトフなのがいいです。 
一歩誤ったら単に「お家で楽しく過ごしてみた」的な歌になるところが、言葉の選び方でこんなに春を感じる歌になるという、たいへん勉強になりました。
Posted by 東 洋子 at 2020年04月19日 20:48
8番、三句目まではとても気持ちのよい景が広がります。「淡ひ」は「淡き」としたほうが良いかと思いました。
今の時期の緑は、本当に眼に染み入るようで心が慰められますね。キブシに気付かれたということは、普段から良く周りの情景に目を配られているのだろうな、と思いました。
Posted by 遠藤由季 at 2020年04月26日 10:00
 8  春の山キブシの暖簾風に揺れ淡ひ緑に心明るむ  

教えてください。
「淡ひ」 は、「あはい」「うすい」なのではないでしょうか?
Posted by 刀根卓代 at 2020年04月27日 17:19
8番の歌、描きたいことが伝わってきますね。
少し勿体ないのが、「春の山」も「淡い緑」も「キブシの暖簾風に揺れ」という表現があれば読者には伝わる、ということでしょうか。その辺を見直すと、「心明るむ」だけではない言葉を書き込むことができるようになると思います。
ただ、「春の山」などを取り払ってしまうと、「キブシの暖簾」という表現が、「キブシで作られた暖簾」と解釈されかねないので、心に映じた「春の山のさわやかな光景」を歌っているのだ、ということがわかるような工夫とともに言葉を刈り込んでみても良いのではないでしょうか。
Posted by 大井 at 2020年04月27日 21:56
7番の歌
警句のような歌で特に結句に冷えを感じます。怯えさせる程度にひかる牧羊犬の目、瑞々しさを崩さぬ程度に煮込まれるポトフ。対象を知り尽して操るゆえの優しさ。一見牧歌的な光景を俯瞰する見えざる大きなものへの恐怖が裏テーマなのでしょうか。現代的に深読みに過ぎるのかもしれません。

8番の歌
のどかで気分のよい歌です。春の淡い緑の森に軽やかに風が抜けてゆく光景と音が浮かびました。山を見ているというよりも山に入っている人の視点のようで以外と生々しい歌に思いました。

9番
春の時刻の移ろいを惜しむ心を物に託す作者のやさしさが伝わります。夕日を浴びる画面が自然と暗くなるのか、作者が電源を落とす暗さか、ややましたが、東山さんの「画面がスリープして明るさを落とす」という解釈に納得しました。日常の時間の推移を丁寧にくみ取られる方に思いました。
Posted by 中山洋祐 at 2020年04月27日 22:37
8番
きっちりしたまとめ方ですが、心明るむという定番の結句で広がりが失われた感じもします。
淡い の旧かなづかいは「あはい」です。
暖簾というのはなるほどと思いました。下の句で違う内容へ展開できると楽しそうです。
Posted by 古谷円 at 2020年04月28日 10:17
7番

明るくふんわりした雰囲気の歌ですね。
春のポトフのやわらかな湯気、キャベツの香りが漂うような。
「牧羊犬」はコリー?都会の家で飼われているペットの犬を「牧羊犬」と呼んだのでしょうか。それともほんとうに羊のいる牧場での生活をうたった歌なのか。たぶん前者で、広々した雰囲気を「牧羊犬」で演出されているのかな。「どこまでも明るくて」と、隠し事のできない犬のひたむきな明るさが表されていて、それが下句の春野菜のポトフの煮込まない軽やかさと響き合い、春の希望みたいなものを感じさせます。ただ「牧羊犬」はちょっと唐突な気がして、牧羊犬の世界についてもう少し踏み込んだ言葉がほしいという気がしました。
Posted by モロクラ タマラ at 2020年04月28日 16:43
7番の歌
下句はとても心地良く春の何かを語っていると思います。上句がこの内容につきすぎないのもいいと思いましたが、やはり「牧羊犬」にひっかかりました。飼い犬の犬種で「牧羊犬」だというのではやはり唐突な感じが。連作などでそのあたりが判ればこのまま生きると思います。
8番の歌
「風に揺れ」「緑に心」という「に」で繋ぐ構造が繰り返しになってしまったところで損をしたかも。そこに手が入れば、この要素で気持ち良く、さらに広がる歌になるのでは。
9番の歌
感覚も面白く無機質な画面を「さくら色」としたのもいいと思いました。「夕暮れに桜色へと」という出だしの言葉続きが、イメージそのものの冴えをやや平板化している印象も。この2語を少し離せないか。
Posted by 米川千嘉子 at 2020年04月28日 23:12
7 文学っぽい展開。下句「春のポトフは煮込まぬがよし」は優しい感じはその通りだが、意外に広がらない感じもする。
8 雰囲気良い。全体に素直な展開だが、小刻みで緩急に乏しい感じが残る。
9 巧みな歌。色・明るさの変化が、気分を表す。まとまりが良いが、ほわっとしたところだけ残る感じ。
Posted by 坂井修一 at 2020年04月29日 07:49
9番の歌
スリープ画面で、画像を定期的に切り替えてゆくものがありますが、それを思い浮かべました。
夕方、薄暗くなった部屋の中でたまたま画面の中も桜色の淡い景色になり、直前の画像より彩度がぐっと落ちる。たったそれだけのことだけれど、そのタイミングに必然を感じ、惹かれたのだと解釈しました。
さらりとした詠みぶりも好もしく感じました。
Posted by 遠音 at 2020年04月29日 22:33
9  夕暮れにさくら色へと変わりゆきパソコン画面は明るさ落とす

現代の「夕暮れ」はなるほど、「パソコン画面」で気づかされるものなのかもしれません。「さくら色」という色彩によって、現代の無機質な仕事風景(あるいは日常生活全般)にささやかな情緒が差し出される感じがいいと思いました。
Posted by 齋藤芳生 at 2020年04月29日 23:33
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