2019年08月16日

19 潰れさうな心のうちの果実盛る器みつかる異国の市に

19番の歌にコメントをお願いします。
posted by かりんネット歌会 at 21:25| Comment(3) | 詠草
この記事へのコメント
「潰れさうな心」を癒す「器」を外国の市で見つけた、という歌意だろう。でも、字面を追うと、「心のうちの果実」とは何か、それを器に盛るとは、等、措辞の意味はおぼろに。わからなくなりながらもムードは伝わる、不思議な感じ。
Posted by 中村暢夫 at 2019年08月17日 09:39
「潰れさうな」は「果実」にかかるととるのが良いように思います。「果実盛る」「器みつかる」と動詞が続くのが、言葉のしらべとしてはちょっと拙いかも。異国の雰囲気を出す場所があったほうがいいかも。
Posted by 坂井修一 at 2019年08月24日 05:18
「潰れそうな」が心にかかるか、果実にかかるかで印象がまったく違ってきます。果実にかかると、熟してたわわに実った果実と、「潰れそうな」から喚起される芳香があふれ、異国の市場の(亜熱帯の蒸し暑いイメージ)ざわめきの中に、無造作に置かれた器と果実がうまくマッチしていきます。心にかかると、「潰れそうな心」と心理的に重々しい初句になり、その後に続く景が、押しつぶされようとする心によって、歪んで見えるように思われました。
Posted by 辻田裕美 at 2019年08月25日 17:30
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