2019年01月26日

26  いつまでも失せもの追ふ我放る汝(なれ)住み古せば濃き時雨煮のごと

26番の歌についてコメントしてください。
posted by かりんネット歌会 at 21:45| Comment(6) | 詠草
この記事へのコメント
長年連れ添ったご夫婦の時間を濃き時雨煮というのは上手い表現かと思った。
上句の いつまでも失せもの追ふ我放る汝 もご夫婦の様子が表れ、そんな正反対のふたりだからこそ時雨煮という言葉が効いているのだろう。
Posted by コ力 聖也 at 2019年01月27日 12:48
文語文体の難解な歌である。時雨煮は貝の佃煮なので長い間夫婦で漁に出ていたのでしょうか。
Posted by 佐々木孝逸 at 2019年01月29日 22:05
質問させてもらっていいですか?
上句に描かれている内容がなぜ時雨煮のごとというんでしょうか。時雨煮はもともと濃い味で短時間で煮る佃煮です。失ったものを捜す自分と要らないものを捨ててしまう妻?その二人の関係性が長く続いてきたわけですよね。どなたか教えてください。
Posted by cranberry at 2019年01月30日 19:01
cranberryさんへ。答えになるかわかりませんが、私の解釈を。
「いつまでも」「住み古(す)」という表現から、二人のそれぞれの習性が長年ずっと続いてきたものであると私は解釈しました。
そして、時雨煮の「濃き」と二人の変えがたい習性の強さとがイメージとして掛かっているのではないでしょうか。

今さら習性を変えようもないという着地の歌だと思いますが、仕方ないとため息をついているのか、まぁよいかと明るく開き直っているのか。
きっと時雨煮はおいしく、明るい開き直りの歌なのだと感じました。
Posted by 遠音 at 2019年01月31日 01:27
遠音さん、ありがとうございました。
時雨煮の煮方よりも貝の方に視点が移りました。長年住み古した家、ものを捜す、ものを放る、そういった営為性が貝の緩慢でありながら着実かつノスタルジックな風情に重なることに気づきました。少し炊き過ぎた濃い時雨煮のイメージですね。
Posted by cranberry at 2019年01月31日 04:25
「時雨煮」のおもしろい味わいが出ている。二句三句が小刻みなので、四句はもっと伸びやかにしたほうがバランスが取れそう
Posted by 坂井修一 at 2019年02月10日 04:31
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