2019年01月26日

35  真夜中に電波時計が回りだす狂いなおすかわれ置き去りに

35番の歌についてコメントしてください。
posted by かりんネット歌会 at 21:31| Comment(6) | 詠草
この記事へのコメント
ポルターガイスト現象か。おそらく真夜中薄暗い中で電波時計を眺めているとそんな現象に出会った感じがしたのでしょう。現実でない、狂いたい狂気を感じ俺を置いてくなと焦っているのか。
Posted by 佐々木孝逸 at 2019年01月29日 09:35
一読して、電波時計を買って壁に掛けたときのことを思い出しました。掛けてしばらくすると、長針が結構な速さでぐるぐる回り始めました。電波を受信して時間合わせを始めたのだと思いますが、知らないと驚きます。
あの独特な動きの瞬間を詠んだ、面白い着眼点の歌だと思いました。
時計の針に、ひいては「時間」にどんどん置いていかれるような、急激な不安に陥った感触の歌だと思いました。深読みすれば、己の中にある「狂い」への注視とも受け取れるかと思います。

ただ、四句の「狂いなおす」が最初、複合動詞に見えてしまい、「改めて狂い始める」と受け取ったのですが、文脈からして「狂い『を』直す」という意味でしょうか?
そうだとしたら、個人的には字余りになっても「を」を入れた方がよいかなと思います。
Posted by 遠音 at 2019年01月31日 01:53
正確と思い込んでいたものが実はよりどころにならないと気づいたときの不安な気持ちが伝わります。私も「改めて狂いなおす」ととりましたが、たしかに文脈からいくと「狂いを直す」かもしれませんね。
Posted by りんごあめ at 2019年02月01日 00:16
「真夜中に回りだす」のが怖い。深く眠っているときに、暗闇の中で、誰も知らぬ間に「正しさ」を受信して機械的に修正していく。でも、果たしてそれは正しいのか。もし間違った電波が発信されたとしても、誰も気づかないのではないか。
電波時計が象徴している正しさはいったいどこへ行くのだろう。考え過ぎだろうか。
Posted by cranberry at 2019年02月06日 20:22
私も「狂いを直す」と読みました。
しかしそれでは「真夜中に回りだす」怖さがあまり生かされないような…
cranberryさんのコメントが心に残りました。その方向で「狂ったように正しさを目指すのか。私を置き去りにして」という内容にしてもいいかもしれません。
Posted by 東 洋子 at 2019年02月06日 22:30
電波時計の自動修正機能と、修正されない自分と。正確さを欠いたまま置き去りにされる人間。この先に待つものは、何か。下句はやや理が勝って、不気味さや不安が読みとりにくくなったかも。
Posted by 坂井修一 at 2019年02月10日 04:58
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