2018年10月06日

12.青き花火消えたるのちの暗闇に別の花火ひらくをYouTubeに見る

12番の歌へのコメントをお願い致します。


posted by かりんネット歌会 at 00:00| Comment(7) | 詠草
この記事へのコメント
何かありそうな上の句を受けた下の句が平凡。
折角の上の句を活かせば、新しい展開が生まれそうです。
Posted by 吉岡健児 at 2018年10月06日 06:16
実際の大花火と画面上の小さな花火の対比が良いと思いました。
この場合は主語(主体)が人(花火や液晶を見ている人)であるよりも、花火そのものの方が、対比がより生きるのではないでしょうか。
Posted by 東 洋子 at 2018年10月07日 13:56
花火会場で花火を見た後にスマホでYou Tubeの花火を見ているのでしょうか。花火の余韻が出ていると思います。
「別の花火」ではなく、具体的な地名を入れたほうが良いと思います。
また、夜ということはわかっているので「暗闇に」も不要で、その辺リをもう少し整理したら良いかと思います。
Posted by 徳力聖也 at 2018年10月07日 13:58
どこかで実景としての花火を見たあとにYouTubeで花火を見るというのはいかにも不自然です
画像の中でひとつ花火が消え、次の(別の)花火を見たということかと思いました
それについて作者はなにかを感じたのだと思うのですが、読者である私にはそれをつかむことができませんでした
Posted by 細井誠治 at 2018年10月08日 06:58
実際の花火ではなく花火の動画をyoutubeで見ていることを詠んだ歌で、暗闇というのは一つの花火の動画が終わって「次の動画を見る」という表示の前後のことだと思いました。一つの動画の中で花火(のあかり)が消え、そしてまた次の花火(のあかり)につながっていく様子、その間合いがうまく描かれていると思いました。

自分が撮影した花火、行きたかったのに行くことができなかった花火、過去に見に行ったことのある花火、あるいはどこか遠いところの花火、どの花火かはわかりませんが、自分と花火との時間と空間の距離感が表現できているような印象を受けました。
Posted by 田中亜紀子 at 2018年10月09日 09:55
語られてないのでよくわかりませんが、例えば隅田川の花火に来て、実景を見ながら、YouTubeでも見ているのかなぁ、と読みましたが…。かなり勝手に想像しました。
Posted by 中村暢夫 at 2018年10月09日 19:55
青い花火が広がった後の暗闇(「消えたる後の暗闇「がいいですね)、美しい余白、余韻を感じます。
次に開くのは何色か、とイメージを巡らせ読み進めると、ユーチューブの画面なんだ!とちょっとした予想外の展開。面白いです。
しかい、花火と花火の間の余白、余韻に焦点を絞るのもありかなとも思いました。
Posted by 島本千代子 at 2018年10月16日 17:21
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