2018年10月06日

3.幾萬の灯りうばわれし夜が明けて裾にじゃれつく迷子の仔猫

3番の歌へのコメントをお願い致します。


posted by かりんネット歌会 at 00:00| Comment(6) | 詠草
この記事へのコメント
停電を余儀なくされた被災地が思い浮かびます。生き延びた小さな命への作者の慈愛のまなざしが伺えます。自然災害発生の度に、人為の無謀、無能、無力を覚えます。結句の体言止め、焦点が絞れています。
Posted by 吉岡健児 at 2018年10月06日 08:06
先月の北海道での地震と停電が思い起こされます。他の災害かもしれませんが、作者の方にはお見舞いを申し上げます。
情感そのものは、よく伝わってきます。ただ、「迷子の仔猫」が自宅内に来ることは考えにくいですし、避難所や街頭でもあまりない光景に思われます。こうしたことが自然に起こる情景が思い浮かびづらいのが、少しもどかしく思われました。
Posted by 東山研司 at 2018年10月07日 08:26
停電を詠うのであれば直接に停電という言葉を使ったほうが音数も節約できますし、読者に誤解なくきちんと伝わると思います
下の句には仔猫が登場しますがこれにより作者が何を伝えたいと考えたのか私にはよく解りませんでした
Posted by 細井誠治 at 2018年10月07日 21:23
仔猫に焦点を当てるか否かで意見が分かれていますが、私は、被災した作中人物の方が主体かなと思うので、呆然とした迷子のような心境を強調するために「夜が明けて迷子の仔猫が裾にじゃれつく」と順接にしたほうが良いのではと感じました。
何にしても、被災時の心境が仔猫に仮託されていることは、はっきり伝わっています。
Posted by 東 洋子 at 2018年10月08日 13:19
被災地なんでしょうね。猫がいて癒されたに違いありません。避難先の施設なのでしょうか。上の句の情緒を省略して、もっと情報を盛ったほうが歌がよくなると思いました。
Posted by 中村暢夫 at 2018年10月09日 20:06
不安な一夜を過ごし、あたりが明るくなり、多少の安堵の気持ちが湧いてきたことを子猫で表現されたと解釈しました。ご自分の経験かどうかで解釈も変わるように思います。
Posted by 夏目たかし at 2018年10月09日 21:12
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