2018年01月25日

24 西行の初夢に出で我に問ふ「私は右に行くけど君は?」 

24番の歌についてコメントお願いします。
posted by かりんネット歌会 at 20:15| Comment(4) | 詠草
この記事へのコメント
ある人の言葉に、この世の日常は実は夢で、夢のほうが現実であるということが有りましたが、それはさておき、本歌はもしかしたら作者の心の話かもと思いました。
つまり今後の自分の作風を西行らしい歌にすべきかどうかの迷いかなと拝見しました。私の勝手な思い込みですが。 なお、夢の中の西行の言葉が、現代語であるのは、何故なのかなと少し、思いました。いずれにしても西行は良いですね。
Posted by 龍 の 涙 at 2018年01月27日 16:33
初夢に西行法師が問いかけてくるシチュエーション、問いの中身も軽くサラッとしている。「右」の差す意味に思わず立ち止まろうとしたが、理解できなかった。
Posted by 吉岡健児 at 2018年01月29日 10:55
いきなり西行登場で目を引かれました。
作者は本当にこのような初夢を見られて、そのまま一首にされたのかもしれませんが、私も吉岡さんとほぼ同じ感想を抱きました。
脚色して「右」が「西」でもいいのではと思いました。ダジャレかと思われるかもしれませんが、口調が「君は?」と軽いこと、お坊様(しかも故人)であることなどを考え合わせると…
Posted by 東 洋子 at 2018年01月29日 20:43
初夢から「西行」のが出てくるとは、縁起の良い(?)夢ですね。
私は実際に会ったことのある人しか夢に出てこないのですが…
前評者が仰る「右」については、偶々「左」ではなく、「右」と書かれたものでありそれほど意味があるものとは思えませんでした。
それが何を指すかは、旅であったり、人生であったり、文学などいろいろに捉えることが出来るのだと思います。
Posted by 徳力聖也 at 2018年01月31日 13:40
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