2018年01月20日

15  若死にの中将姫がつとのぞく鉢水にのびる蓮の葉影に

15番の歌についてコメントお願いします。
posted by かりんネット歌会 at 22:05| Comment(4) | 詠草
この記事へのコメント
鉢水を覗きみると、蓮の葉影にあの中将姫がみえたような気がすると、美しいイマジネーションのお歌と鑑賞いたしました。一読した時は、鉢水を覗いたのは姫なのかと読んでしまいましたが、〈葉影に〉で、覗いたのは作者と分かりました。父とも出逢い尼となり蓮糸で曼荼羅を織り、極楽浄土に迎い入れられた姫は十二分に生きたと姫自身思われてたのではないかと、「若死にの中将姫」という表現はどうなんだろうかとは思いました(確かに20代終わり?に亡くなられたのですが)。〈鉢水にのびる蓮の葉影に〉の〈のびる〉にリアリティと静謐な美しさを感じました。
Posted by 島本千代子 at 2018年01月21日 09:58
作者は、鉢の蓮の葉陰のゆらぎに、ふと、継母にうとまれ殺されそうにもなったが、蓮の糸を織って曼荼羅にしたという中将姫伝説、そのはかない生涯を思い起こしています。「つとのぞく」に、何となく不吉な感じ・・・中将姫(もちろん自死ではありませんが)が作者を若死にに誘っているような気分ものぞき、女性の揺れ動く情緒が、巧みに描き出されていると思います。
Posted by 浅野祥子 at 2018年01月22日 06:27
夭逝した中将姫を詠まれていますが、表面的な情景描写のみで作者がどのように感じたのかや思い入れが見えてきません。
一首屹立とさせるためには、作者の感情の象徴や中将姫の生前の具体などを詠みこむことが必要ではないかと思います。
下句の「ハ行音」の頭韻も常套的な印象のみで、歌に深さを加えているとは思えませんでした。
Posted by 吉岡健児 at 2018年01月22日 08:37
蓮を見て中将姫を見たイマジネーションが素晴らしいと思います。基本的に二番目の浅野さんと同様の感想を抱きました。でも、せっかくの伝説の中将姫、そのイマジネーションを元に思い切って創作してみたら「表面的な情景描写」と言われることもなく、おもしろい歌になりそうな気がするのですが。
初句を「真夜中の」とするとホラーな雰囲気。この作中人物は真夜中になんで鉢水を?という謎も生まれます。
またEテレびじゅチューン的なひたすらユーモラスな展開にするのも有りかも…と、自分の好みで書いてすみません。
Posted by 東 洋子 at 2018年01月24日 21:56
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