2018年01月20日

22  こんな僕ではなかつたなどと綴る日の空に耀ふスーパームーン  

22番の歌についてコメントお願いします。  
posted by かりんネット歌会 at 21:48| Comment(4) | 詠草
この記事へのコメント
 天気予報などで耳にする「スーパームーン」という言葉は歌に仕立てる時に使いづらいなと個人的に思っており、歌にするのを避けているので、よくぞ挑戦したという印象を持ちました。

 大きく見える、注目されるスーパームーンと、思うようにいかなかった今日の小さな自分という対比、手元から夜空へと視点が変わるあたりが上手いと思いました。他方において、仰ぎ見る大きな月とちっぽけな自分という状況はややありきたりで、もう一歩工夫があると印象の強い歌になったのではないかと思います。
Posted by 田中亜紀子 at 2018年01月22日 09:16
大きな月と比べて、小さな自分がますます小さく思えてしまう。誰もが感じたことのある自分に対する卑小感がしっかり伝わってきました。
田中さんと同様、私も「スーパームーン」という言葉は使いにくいと感じています。どうしてかというと、この歌の「耀ふ」のような古語でしかも旧仮名遣いと合わせにくいというか・・・ 歌の内容がライトな感じだったらいいかもしれませんが、自分自身に悩んでいるこの場合、「巨大な天体」など日本語の方が合うかも、と思うのですがどうでしょうか。
Posted by 東 洋子 at 2018年01月22日 21:03
三年ぐらい前からでしょうか、「スーパームーン」の呼び名がマスメディアに登場して以来、短歌でもかなり目にしてきました。(去年はストロベリームーンが登場)
この歌では、上の句のやさぐれた心に軽味を添えるペーソスとして効いており、リズム良くまとまっていると思います。
しかし、今ではやや手垢のついた感もあり、また、下の句は「卑小なる我」にも「星雲の志をもつ我」にも付いてしまう万能句の嫌いが否めません。
Posted by 若槻真美子 at 2018年01月23日 00:35
スーパームーンを見上げているというよりも、スーパームーンに見られているという感じだ。「こんな僕ではなかった」と葛藤があったとしても、大丈夫、またここから始めればいいんだって言ってるような。スーパームーンにも満ち欠けがあるから。「綴る」というのも自分を客観的に見ている言葉選びだ。
Posted by 辻田裕美 at 2018年01月25日 20:46
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