2018年01月16日

9  湯舟に聞く雨音かなし地に眠る母の聞いてる音かもしれず 

9番の歌についてコメントお願いします。
posted by かりんネット歌会 at 19:43| Comment(6) | 詠草
この記事へのコメント
切ない歌だ。悲しみが伝わってくる。地に眠る母が聞いている音が雨音かもしれない。その雨音がかなしいと作者が言っているためだ。
余韻が残る。壁をひとつ隔てた闇、母に対する痛みにも似た愛、止まない雨。言葉を通して押し寄せてくる。
Posted by 辻田裕美 at 2018年01月17日 20:46
下句に心をゆさぶられました。〈地に眠る母〉という言葉で、天国ではなく、黄泉の国にたたれたというイメージが浮かびました。湯舟、雨音と、日本的な湿度の高い世界の中で音が生者と死者をつなげている、、と信じたい。哀切な悼みを感じました。日本人の持つ、生きている私たちの世界と死者の世界が、<大地>でつながっているという感覚は、キリスト教的な、死者と生者の感覚とは違うのかもしれません。心に響く歌でした
Posted by 島本千代子 at 2018年01月18日 09:22
温かい湯舟の自分と冷たい地に眠る母の対比、そしてそれぞれを結びつける雨音といった道具立てが効果的だと思いました。とても印象に残る一首でした。
Posted by 田中亜紀子 at 2018年01月18日 21:42
誰もが共感する母恋の一首。ただ、「かなし」まで言わずに我慢して「雨音」の表現でよりひろげる方法もあるかもしれません。下の句で気持ちは充分伝わるので。
Posted by 若槻真美子 at 2018年01月20日 17:43
「湯舟に聞く雨音」には色々な感じ方がありますが、ゆっくりとした余韻のある音だけに、「喪失感」を強く醸し出すことができるのでしょうね。
「地に眠る」と「聞いてる」の表現は推敲が必要ではないかと思いました。
Posted by 吉岡健児 at 2018年01月22日 06:24
昔どこかで読みましたが、虫の鳴き声や雨音を聴いて哀愁を感じるのは日本人独特のものらしいです。それはさておき、本歌は詠むほどに作品の中の雨音(=悲しみ)が聞こえてくるような気がします。
 解らなかったのは「かなし」です。問題というわけでなく、何故かな文字にしたのでしょうか。悲しと哀しの両方の意味を込められたような気がしました。なお、この「かなし」はやはり作者の一番、表現したかった感情だと思うのでこれで良いと拝読しました。
 
Posted by 龍 の 涙 at 2018年02月02日 23:51
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